上海の片田舎から日常生活(食事・酒・煙草・雑念など)について綴ります。
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卒業シーズンの締めくくりは、毕业典礼(卒業式)です。式はメインキャンパスで行われるというので、同期卒業の女同学(女学生)と参加しました。学位服(宣教師の礼服→宣教師が中国に教会学校を創る→現地の学校でも卒業式に学位服を着るようになる。正式採用は1994年、学士・修士・博士・指導教授・学長などで、デザインや色彩が異なる。)を持参して行ったものの、その日は学部学生と修士課程の学生のためのもので、我々一応博士課程の学生です…。仕方なく保護者席に座ることにしました…。
「こんな若い保護者も珍しいんじゃない?」と隣に座った同級生が囁くのを聞きながら、会場を見渡すと、、、メインフロアーは卒業生で埋め尽くされており、天井には国旗が微風にたなびいており、学生は智能手机(スマホ)をいじくったり、写真を撮ったり(式の最中はさすがにおとなしかったです)。式の始まりは、国旗掲揚と国歌斉唱からです。全員起立して『義勇軍行進曲』を歌うわけです(もし起立せず歌わなかったらどうなるのか…。おそらくただじゃすまないと思います。)その後、学長・学生代表・OBOGなどの挨拶や、優秀学生の表彰などがあり、めずらしく定刻通りに終了しました。
皆さんとても話が上手いというか、場馴れしているというか、堂々としているというか、本当に尊敬してしまいます。このような挨拶や学会発表などは、人に注目して貰えるまたとないチャンスなのだから、それを生かすべきだとiPS細胞の研究で有名な山中伸弥先生も言っておりました。見習いたいと思います。
閑話休題。博士課程の学生の卒業式は、学位授与式を兼ねております。つまり、学長が卒業生に博士の学位記を手ずから渡すのです。今回は200名ほどおりましたが、それぞれ名前を呼ばれてから、檀上に上がり、まず一礼、学長は卒業生のタッセル(帽子に垂らしている房)を持って右から左へ移動させ、(右は未卒業→左は卒業を意味する、学校の長が自らその学生の卒業を承認する儀式)、握手をして、学位記を頂き、一緒に写真に収まるという手順です。
現在の学長は、50代にして学長に就任しており、おそらく研究面での業績と事務処理能力を兼ね備えた方なのでしょう。式が始まる前には、みな玩手机携帯をいじくったり、親と写真を撮ったり、隣の男子学生がずっと貧乏ゆすりをして私の椅子までガクガクしたり、同じ列に座っていた女学生がものすごい美人だったけど子連れだったり、、、。それはいいとして、私も卒業生として檀上に上がり、学長から学位記を頂くことになっておりました。
いよいよ次に名前を呼ばれる段階になって、舞台の袖で待機していると、学長が檀上に上がった卒業生に「祝贺你!」と祝福の言葉をかけているのが耳に入ってきました。私は学長と接する機会などおそらく今後ないだろうと思い、一体どのような面構えをしているのか、じっくり見てやろうと思っていました。いざ、名前を呼ばれて檀上に上がると、緊張でヘタレなもので学長の顔は見れず、ただただ俯いて一礼するしかなかったです…。そして、俯いたまま握手を交わすと、次のような言葉が私の頭の上から聞こえてきました。
「おめでとう。」
日本語でした。
もう単純に感動しました。なんでそこまで気配りが出来るんだろうと。あるいは卒業生の名簿リストを事前に見て、外国人留学生をチェックしていたのかもしれません。後で調べると、学長は日本への短期留学の経験がある方でしたが、それでもわざわざ日本語で祝福の言葉をかけてもらえるとは、大変嬉しかったです。
やはり私は権威や権力に弱いということが改めて分かりました。
季節はすでに夏、各学校では暑假(夏季休暇)に入っております。毕业季节(卒業シーズン)はもう過ぎてしまいましたが、卒業関連のイベントを紹介したいと思います。謝師宴とは、いわゆる謝恩会のことで、お世話になった先生方に感謝の意を表すものです。
具体的には花束の贈呈、先生への感謝の言葉、ケーキを一緒に食べるなどします。その間に、絶え間のない乾杯、敬酒、雑談、写真撮影などがあります。お世話になった先生方に感謝をするというのは、学生として当然の事ですが、個人的には先生と二人きりで話す時間をもつのが理想的だと思います。
というのは、謝師宴は、ゼミ単位あるいは研究科や研究所ごとに行われることが一般的で、複数の先生・生徒が参加します。そして、その場で行われるのは、多分にパフォーマンス的要素を含んでおり、いかに自分が先生に感謝しているか、あらゆる手段で(抱き付いたり・土下座してみたり・美辞麗句を並べ立てたり)アピールするのです。それは、決して悪いことではないですが、先生方と共有した貴重な時間を振り返るというより、むしろ自己アピールに近いものがあります。
かく言う私も、今年は卒業生として参加し、皆の前で感謝の言葉を述べる必要がありました。私は弁が立つ方では決してないので、事前に讲稿(読み原稿)を用意して、簡単な感謝の言葉を述べるので精一杯でした。日常会話は問題ないですが、このような公の場では、とたんにヘタレゆえに緊張して話せなくなります。そんな日の晩は、1人ベッドの上で、上手く話せなかったことをエンドレスで後悔するわけです。
さて、最近はお酒を飲まない学生が増えているのですが、私が所属する研究科の学生は、そうではありません。飲みます。それ以上に先生方がめちゃくちゃ飲みます。今回の宴会では、参加者は10名程度でしたが、白酒(50度以上の蒸留酒)が3本、ワインが2本、紹興酒が2本、空きました。6時に始まって、終わったのが10時半、、、長い。
なぜ長いかと言いますと、先生方のお話がいちいち長いこともありますが、所属する研究科の恒例行事として、歌をうたうという悪しき習慣があり、なんだかんだで全員一曲ずつは歌うので、ひどく時間がかかるのです。私は留学生ですから、日本の歌をリクエストされます。出来るだけ知っている歌をと思い、いままで『北国の春』・『昴』・『さくら』・『送る言葉』などを歌ってきました。ウケているかは分かりません。
今回は私自身が卒業するということもあって、邓丽君(テレサ・テン)の《我只在乎你》『時の流れに身をまかせ』を一番は日本語で、二番を中国語で歌いました。まぁ、卒業とは全く関係ないんですが、、、。
謝師宴というのは、学生にとっては先生に感謝の意を表する場ですが、先生にとっては学生を送り出す場でもあり、出席者はゼミ・研究科の関係者ですから、話も盛り上がり、宴も長く続くようです。ただ、天下没有不散的宴席(この世に終わらない宴はない)という言葉もあるように、名残惜しい気持ちもありながら、みな家路に着くわけです。
次回は、卒業式と学位授与式について書きたいと思います。学長からまさかの一言を頂いた話をしたいと思います。